広島高等裁判所 平成3年(ラ)42号
主文
一 原審判を取り消す。
二 本件を広島家庭裁判所に差し戻す。
理由
一 抗告の趣旨及び理由
本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状記載のとおりである。
二 本件事案の概要等
本件事案の概要は次のとおりである。山辺石松(以下「石松」という。)は、昭和4年4月30日土田カナ子と結婚し、両者の間には相手方大野智子、同橋本明夫の二人の子がいる(もう一人いたが、昭和25年死亡。)。石松は、カナ子死亡後の昭和26年3月1日、山辺キク(以下「キク」という。)と結婚したが、両者の間には子供はいない。キクは昭和47年7月19日死亡し、石松は、同49年7月27日、抗告人と結婚した。石松は昭和63年11月19日死亡した。キクには、土地、建物の遺産があり、同女の死亡により、石松及びキクの兄弟の子ら(相手方大野智子、同橋本明夫、抗告人を除いた相手方ら)が右キクの遺産を相続し、石松死亡に伴い、抗告人及び相手方大野智子、同橋本明夫が、石松がキクから相続した相続分を相続した。そこで、抗告人は、石松の相続分を相続したとして、相手方らに対し、遺産分割調停の申立てをしたが、右調停は不調に終わり、審判に移行した。相手方ら、殊に大野智子、橋本明夫は、石松が残した昭和63年1月10日付自筆証書遺言(以下「本件遺言書」という。)によれば、石松は自分の遺産は抗告人には受け取らせないとの意思表示をしており、右父の遺志に従い、抗告人に石松の遺産を分割する意思はないとの態度をとっている。そして、原審判は、本件遺言書の趣旨を抗告人の相続分を零と定めたものであると解し、抗告人の遺産分割の申立ては申立ての利益のない者の不適法な申立てであるとして、これを却下した。これに対し、抗告人は、原審判の判断を争い、抗告した。これが、本件である。以上から明らかなとおり、本件の争点は、本件遺言書の趣旨を抗告人の相続分を零と定めたものと解するのが相当かどうかという点である。
三 当裁判所の判断
1 一件記録によれば、次の事実が認められる。
石松は、昭和49年7月27日、71歳で、当時53歳の抗告人と、再婚(3度目)した。抗告人は昭和58年4月入院したが、右入院中に、石松らが家の中を捜したところ、家の中からは抗告人名義の預金通帳しか出てこず、石松名義の預金等はなかったこと、そして、抗告人名義の預金通帳には石松の年金全てが振り込まれていたことから、石松は抗告人が財産目当てに自分と結婚したのではないかとの疑念を持つようになった。そこで、石松が、抗告人に、右の点を追及したことから、両者の関係は悪化し、抗告人は昭和58年7月ころ退院したが、石松のもとには戻らず、石松死亡の昭和63年11月9日まで、別居生活が続いた。
石松は、自分のもとに戻ろうとしない抗告人に自分の財産を相続させまいとして、昭和60年6月1日付で、中国郵政局人事部共済課宛に、自分が死亡した場合には年金は石松限りで他人に渡さないようにして欲しい旨の遺言を書いた。続いて、石松は、昭和63年1月10日に、本件遺言書を書いた。本件遺言書は、右のとおり石松が自筆で書いたものであり、自筆証書遺言の方式、要件を備えた適式有効なものであり、広島家庭裁判所の検認も受けている。
本件遺言書の記載内容は別紙記載のとおりであり、概ね次のような内容が書かれている。すなわち、抗告人の「悪意に満ちた不正な行為」として、石松の年金の全てを抗告人名義の預金通帳に入金していること、抗告人の実の娘が家屋を新築するに当たって金員を出してやっていることを挙げ、これらの事実から石松は抗告人が財産目当てに結婚したと判断したこと、抗告人もこれを認めたことが記載されている。ついで、石松と抗告人が別居する際の事情が書かれ、抗告人は抗告人名義の預金通帳を受領するのと引換えに離婚届けに判を押すと約束したのにこれを反故にしていること、その理由について、石松は、抗告人が石松の年金、財産を相続せんがために離婚を拒否していると考えていること、石松としては、何度も裁判所に離婚の訴えを提起しようと考えたが、抗告人が離婚に応じるとも思えないので、遺言を書き残すことにしたことが記載されている。そして、最後に、「事実上離婚が成立しているものと考へて私(石松を指す)の現在の財産年金の受給権は友美(抗告人を指す)にわ一切受取らせないようお願ひします。」と、抗告人には石松の遺産を受け取らせないようにして欲しい旨が記載されている。
2 以上認定の石松と抗告人との別居の事情、別居から死亡までの事情、本件遺言書の記載内容を検討すると、本件遺言書の趣旨は、原審判のように抗告人の相続分を零と定めた趣旨と解することはできず(そうだとすると、抗告人から遺留分減殺請求権の行使をされるおそれがある。)、右遺言書の趣旨は、老齢の自分との同居生活を放棄し、ただ遺産欲しさに離婚に応じようとしない抗告人から自己の推定相続人としての遺留分をも奪って、自己の遺産の一切を与えまいとしたもの、すなわち、抗告人を被相続人石松の推定相続人から廃除する意思を表示したものと解するのが相当である。
3 ところで、抗告人は、抗告人には本件遺言書に記載されているような不行跡な事実は存在しないとして、本件遺言書に示されている廃除の意思表示の効力を争う態度を示している。そうだとすると、原審としては、相手方等に促して、本件遺言書について遺言執行者選任の申立てをさせ、右選任された遺言執行者をして抗告人に対する廃除の申立てをさせるとともに、相続人廃除の確定審判を待たずに抗告人を加えて遺産分割の審判をするか(これは相続人廃除の申立てが理由がなく、審判で棄却される可能性が極めて高いと判断するとき等の場合)、あるいは、右確定審判を待って遺産分割の審判をすべきである。原審判は本件遺言書の解釈を誤った結果、抗告人の石松についての相続人の地位をたやすく否定し、本件遺産分割の申立てを不適法として却下したものであるから、本件抗告は理由があるというべきである。
四 よって、原審判を取り消し、本件を広島家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。